8月10日(土)午後2時より
松岡鍼灸院内で行った ツボ治療教室 講義録より抜粋

中国医学における「不眠」の弁証と治療穴について

    

最近の調査によると日本人の60%近くが自分は不眠症(気味)であると思っているらしい。 「不眠」というのは肩が凝るとか腰が痛い等とは違った自然な生命の営みから外れた症状で、こんな状態の人が国民の多数を占める・・何かおかしな時代です。どうやら「不眠症」を考えることは日本人の心と身体の「今」を探ることに他ならないのかも知れないと思ってみたり。

その21世紀の日本人を考えるのに何千年も昔の中国人が考えた「不眠症」の仕組み(弁証)を用いることに私自身がいささかの躊躇もないことに、今更ながらの驚きも感じています。 では、では!

「思慮傷脾」(中国医学では物事を考え過ぎると※注:脾が損傷されると想定している)の為に@「脾虚血少」と成ったり、或は腎に藏した「陰精」が欠損する事によりA「心火上炎」と成り、又或いは情志が抑うつされてB「肝火」が上亢し、或は飲食が停滞されC「胃気」が不調和と成って「痰火」が塞がる、D陽気が失調される等々により不眠状態が引き起こされると考える。


※注:この「脾臓」は現代医学の「脾臓」とは違います。これは西洋医学が初めて入って来た時に血液をコントロールする臓器「spleen」の翻訳語に中国医学の臓器名「脾臓」を当てたのが大間違いの始まりで、中国の「脾臓」は現代医学の「膵臓」を意味します。そもそもこの「脾」の意味は雑穀の一種「稗=ヒエ」の形状に似ている事から付けた臓器名で、現代医学でいう「膵臓すいぞう」の形を見るとこれを「脾:ヒエ:臓」と名付けた古人の感覚が分かるはずです。

中国医学で「脾」と呼ぶのは様々な消化酵素を分泌し食物の消化吸収を助ける消化器臓器、つまり胃の後ろに有る「膵臓」です。その為に中国医学では「脾臓」は「胃」と一緒にまとめて「脾胃」(ひい)〜云々と呼んで「消化能力」を表現し、「腑」の「胃」よりも「臓」の「脾」の方を重視しています。むしろ西洋医学における「膵臓」よりも同じ臓器を意味する中国医学の「脾臓」の方がもっとずっと重要な臓器に位置づけられ頻繁に病証名として出てきます。 「五臓六腑」の中に「膵臓」が入っていないので昔の中国は「膵臓」の存在も知らなかったと云う説がまかり通っていますが飛んでもない話で、古代中国では日本と違って身分が低いとされていた人間の解剖には何の躊躇も無かった事もあり、念入りに解剖をしていたからこそ書ける臓器の比喩表現などが古典医書にはふんだんに出てきます。

左の画像の「膵臓」の形をよく見て下さい。この「膵臓」がつまりは中国医学で「稗ヒエ」の形から名付けた臓器の「脾臓」であると云う私の言を察して頂けるはずです
そもそも「稗」は穀類を表す「ノギへん」に「薄っぺらい扁平」を意味する「卑」を併せて「稗」と成った会意文字です。雑穀のヒエは米と違って扁平で細長い形だから「卑」が使われ、「麻雀牌」も「薄片」と言う意味で同じく「卑」が用いられています。「記念碑」の「碑」も同じで「石へん」に「卑」で「扁平に削った石」。太くて丸い団子のような形では「記念碑」に成らない。値打ちが有って良い意味を表す「重厚」の反対でこれら「薄っぺらく扁平なモノ」「卑」が「価値が低いモノ」と成り、転じて「卑しい」(いやしい)意味と成ったのでしょう。現代医学で「膵臓」と呼ぶ「脾臓」は一粒一粒の扁平で薄い実の形も似ているし、それらがまとまって生育している形状もどちらも稗(ヒエ)に似ています
古人は何とも上手く名付けたものです。



@
 脾虚血少(虚)

ねつきが悪い、目がさめやすい、
動悸・健忘・四肢無力・精神不振・食欲減退、食後の眠気
顔色が萎黄で脈の細無力などが皐られる。


A
心腎不交(虚)

心煩、頭がぼんやりし、早鳴、腰がだるい、手足の裏が火照る、遺精・帯下などの症状がある。脈は多く虚数である。

B 肝火上攪(実)

直ぐに興奮する情緒が激動しやすい或は抑鬱し、多夢を主症とする。また頭痛・脇肋張痛
口苦、.弦脈などを兼ねる。

C 胃気不和(実) 食欲異変、のぼせ、上腹部膨満感、げっぷ、腹脹、曖気、脈が実かつ有力などである。

D 心胆気虚(虚) 神経過敏、恐がり驚きやすい ため息が多い やる気が出ない 

【治療】(ツボ名をクリックするとツボ画像のページに移ります。)
ツボを取る際の寸法目安表は腹部のツボページに載せています。

■主な処方穴: 神門、内関、三陰交

○各症状による配穴

●脾虚血少:脾兪、心兪隠白(出来れば小さなお灸をする)

●心腎不交:心兪、腎兪関元 太谿 

●肝火上攪:肝兪、胆兪、完骨、風池 太衝

●胃気不和:胃兪中かん足三里 豊隆

心胆気虚心兪 胆兪 陽陵泉 気海 丘墟

【処方の意義について】

■主な処方穴の意義:「神門」は心経の原穴、「内関」は心経の絡穴、「三陰交」は肝・脾・腎三経の交会穴である。これら三穴を併用するのは、心神を安らげる目的による。

●脾虚血少:「脾統血」(脾は血液を統べる)、「心生血」(心は血液を生じ')の原則により「脾       兪」、「心兪」を加えて血を養う。「隠白」は脾経の井穴でお灸により多夢、驚嘆しやすい症状を治す。

●心腎不交:「心兪」「腎兪」「太谿」は併用すると「心」と「腎」を速やかに通す作用を持つ。「関元」は臍下丹田で腎気を養う。

●肝火上攪:「肝兪」「胆兪」「完骨」又は「風池」等の配穴により肝胆から上亢した「火」を鎮め排泄する。

●胃気不和:「中かん」「胃兪」「足三里」は胃を力づけ調整し膨満感を取り去る事でお腹が落ち着く。「豊隆」は胃の絡穴。水、津液などの滞り=「痰」を取る。

心胆気虚「心兪」 「胆兪兪穴、「陽陵泉」は胆肝を整える胆経の合穴、「丘墟」(きゅうきょ)は原穴。胆に籠もった熱を取り去る。温灸も良い。


特効穴

昔から不眠に効くとされていた経外のツボ

@安眠胸鎖乳突筋停止部、乳様突起下陥凹部の顔に向けたすぐ前術者によって取穴部位が可     成り違う。他にも精神病治療によく使うツボ。お灸はしない
A不眠穴人差し指の親指側下。合谷と三間の中間点 昨年の中国名医探訪の旅で名医と評判の鍼灸医がこのツボを「うつ病」の女性に使っていた
B頚百労大椎の2寸上、髪際から1寸下の両側1寸。 弱刺激の事。

他の鍼治療法

★接触鍼、皮膚鍼:「四神聡」、「來脊」穴の周囲を上から下半身に向かって適宜叩く。又は当ページで紹介していますツボマッサージ法も効果があります。

四神聡
百会の前後左右1寸僅かな凹みを確認する事
來脊
背骨(背中から腰まで)の直ぐ両側。それぞれの骨の棘突起の下
百会:(ひゃくえ)
頭の中央、両方の耳の一番高い位置を結んだ線上。実際にはその線上よりも少し後頭部よりにツボが現れる事が多い。実際に凹みを確認する事。不眠症の人は必ず凹んでいるはずです。
★耳針:「皮質下」「神門」「腎」「心」を取る。20分間置鍼、または皮内鍼を入れる。

簡単な運動療法
@あぐらをかいて背筋をピンと伸ばし座禅を組みます。頭は空からつり上がられている感じに真っ直ぐにします。
A目をつむり大きく息を吐いて瞑想します。その後肩の力、顎の力を抜いてだらんと上を向きます。頭を背中に乗せる感じです。両手はあぐらをかいた膝の辺りに軽く置きます。
B瞑想状態のまま大きく息を吐きながら身体を左右に揺するように回します。回しやすい方向から時計回り、或いは反時計回りに3回ずつ交互に腰から上を回します。足は座禅を組んだままです。
C交互に各3回ずつ回したら再び真っ直ぐ背筋を伸ばして1分間「頭を空っぽにして」瞑想します。身体の無駄な緊張を解し「頭を空っぽにする事」で心体を再起動させて「体内時計」を正しく読み込むことを目論むのです。これを寝床に着く15分くらい前に行います。
前日にこれを行っても眠れなかった場合はこのパターンを2回繰り返して行います。


ツボ探検隊